母親とキャリア

キャリアアップ間違い無し?!インド就職で希少価値を高める

インド就職後に感じた成長

初めての昇格!

インドで正社員として働き始め、1年がたったころ、より現地密着型の部署に空きがでました。1年この会社で働き、この部署で働いてみたいという思いが芽生えてきたころでした。単なる旅行ではなく、企業訪問や本格的な研修旅行を企画、手配する部署です。今までのように、日本人と仕事をしたことのない現地の人へのアプローチや自分自身の人脈を使え、チャレンジができる仕事でした。希望通り異動でき、そんな新しい部署でも、日本の営業部からの賞賛の言葉や、部下が増え、新人教育者としての昇格もあり、自分に自信がついてきました。残業はなく、友人とは飲み歩き、とても毎日充実していた頃でした。

日本へのキャリアチェンジ

インドから日本へ

6年目くらいだったと思います。日本で母が入院しました。高校卒業して以来、ほとんど実家にいませんでしたので、対大人としての関係性がまったくないことに気づいたのです。母の体調は、命にかかわることではありませんでしたが、この親との関係性が、これでいいのか疑問を持ち始めました。もし、明日事故にでもあってお互いこんな関係性で一生会えなくなったら、と考えたら後悔しか残りませんでした。

早速、帰国の準備をしました。「もっと働いてほしかった」という部長の言葉に後ろ髪を引かれながらも、長年お世話になった会社を退職しました。幸い、旦那の仕事はインターネットでしたので、世界中どこでもネットがあれば仕事ができるとのことで、一緒に日本で暮らすことになりました。結婚当時から「いつか日本で暮らせたらいいな」と言っていたので2人とも前向きに人生のステップアップと考え、引越しとなりました。

英語力を生かして日本マーケットへ

帰国までにできることはしようと、いろいろ調べました。こちらの大学を卒業しているからといってビジネス英語が話せるという証拠にはなりません。「英語が話せます」というよりも、確実に証明できる「TOEIC」を受験しました。もちろん勉強もしましたが、6年もインドでビジネス英語を使っていただけあって、満点に近い点数を取ることができました。それから、仕事で使えそうなタイピングやワード、エクセルの資格も取り、履歴書に書ける資格を取れるだけ取りました。

思ってもみなかったキャリアアップ

実家から徒歩5分ほどの家を借り、新しい日本での暮らしが始まりました。もちろん、インドで働いていた日系の会社の本社は日本にあります。そしてありがたく、関連会社から正社員のお誘いもありました。ですが、少し違ったことがしたいと思ったのです。日本の滞在は、数年と決めていました。だからインドで再度就職するときに、名が知れているような大企業、または再就職に役に立つような職種を選ぼうと考えていました。

数年なので、正社員ではなく、手っ取り早く派遣会社への登録をしました。インドでは、英語が話せるのが基本でしたし、日系で働かない限り、日本語が話せるというのは、需要がありません。ですが、日本はもちろん逆ですので、ビジネス英語が話せTOEICが900点以上、という条件だけで、仕事は選び放題でした。そして、いくつか面接をした後に、インドにも支店のある外資系金融にて就職が決まりました。当時、時給は2000円もらっていました。半年契約でしたが、継続契約をして最終的には2500円まで頂きました。契約社員なのに、プロジェクトの責任者になったりと、肩書き関係なく、才能を買ってもらった気がして、仕事が大好きになっていました。またその頃、思っても見ないうれしいオファーも頂きました。正社員として働かないか、というお誘いです。この外資系企業は世界的にも有名で、きっと私なんかではとても新卒では入れないような会社からのオファーです。もちろん、二つ返事でOKしようと思っていた1年目でした。

インドか日本か

2008年9月15日に起こったリーマンショックです。本社がヨーロッパにあるわが社は、そこまで大きなダメージはなかったももの、やはり何名かの正社員はリストラになっていました。そんな中、私の正社員の話は、一旦休止となります。

そんな中、周りの友人が、どんどん妊娠して、出産して、自分も適齢期なのです。このまま日本でキャリアをとるか、いったんお休みをしてインドで母親としての人生をとるか、迷いに迷った結果、半年まってみることにしました。今は業界がバタバタしているので、少し落ち着くのをまってから、このまま正社員の話が進まなかったら、母親になろうと思ったのです。

妊娠とキャリア

もともと、母親を尊敬していて、母親が大好きだったから、日本に戻ってきたのです。母親のような母親になりたいと思っていたのはいうまでもありません。それに、女は適齢期を過ぎると、妊娠しにくくなったり子供に障害が増えたりとリスクが高いことが理由です。また、キャリアはいったんお休みしてまた戻れるのではないかという自信もあったからだと思います。そして黙々と仕事をして半年が過ぎて、数ヵ月後妊娠が発覚した頃、正社員の話が動き出しました。

妊娠の報告及び退社の意向を伝えようと思っていたその日に、別室に呼び出されました。正社員の話をまた正式に進めたいというお話でした。残念ながらタイミングが合いませんでした。私はもう妊娠4ヶ月で、退社の意思を伝えました。娘を産んだことは全く後悔してませんが、妊娠があと1年遅かったら、リーマンショックがなかったら、と何度も思ったことはありますが、そうしたらこの娘には会えたなったのでしょう。こうして、インドに戻り、出産、育児に終われ、いつの間にか月日がたちました。

キャリア再出発!まだまだ自分はやれると信じて

インドでの生活は日本の生活より物価が低いため、消費者物価指数も低いのです。子育てをしながらキャリアを築くのは間に大抵のことではなく、それがインドとなるとなおさらです。

模索しながら、今では日本語学校の運営の手伝いをしています。でも、だんだんと、昔のようなにバリバリと金融系で働きたいという気持ちは抑えられなくなっています。現在は、再出発に向け、さらに資格の勉強をしています。育児をしながら、勉強もして、毎日忙しくて家の中はぐちゃぐちゃですが、人生まだ半分も終わってません。自分のやりたいことをやれるだけ努力してみようと思います。