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日本人の強みとは?インド就職でも役立つオモテナシの精神

海外でのキャリアウーマンを夢見た学生生活

まずは英語に興味を持ったところからお話したいと思います。
もう何十年も前の話になりますが、はじめて「英語」というものに興味を持ったのは高校2年生の5月ごろでした。ある日の帰り道、外国人に道を聞かれたのです。隣にいた友人はペラペラと返答して、私は目が点でした。友人の伯母がハワイに住んでいて毎年夏休みにはハワイへ遊びに行っているとのこと。英語に興味を持ち、英文学科へ進学しようと思ったのは、このころからでした。もともと妄想族ですから、大学卒業後、英語を使って仕事をする、いわゆるキャリアウーマンを夢見てました。

高校生のときに、ある英文科の大学のキャンパス見学後、ここでは英語を学べないと確信し、インドへの大学へ進学を決意したのです。現地の英語学校に通いだし、念願の大学生活では、いろんな人に出会いました。既に日本で大学を卒業して、さらに専門分野を研究をするため、インドの大学院へ留学してきた人や、日本では看護士として働き、今度は海外で働いてみたくて、インドの看護の大学へ入学を希望している人など、高校卒業したての私にとっては、何もかもが新鮮で大きな夢を持った人たちに毎日驚かされているばかりでした。もちろん、出会ったのは日本人だけではありません。韓国や台湾など世界各国からいろんな学生が夢をもってインドへ来ていたのです。

専門分野を研究するために来た人は、大学院を卒業したら帰国し、日本で就職しました。日本で看護士として働いていた友人は、今度はインドの病院で就職が決まりました。そうやって、周りがだんだんと地に足をつけていく姿を間近で見ていて、勉強よりも仕事がしたくなったのです。そこでまた、人生の選択です。日本で就職するのか、このままここで就職するのか。。。

とりあえず現地でバイト。インドでの仕事とは。

そんな大学2年生のときでした。高級輸入下着の新規開店で販売員を募集しているのを見つけ、履歴書を送ったのです。まずは、現地で働いてみようと思ったのです。履歴書を英語で書くことや、英語の面接も初めてで、緊張のあまり何を話したか、今となっては何1つ覚えていません。めでたく、オープニングスタッフとして採用され、インドではじめての就職をしたのです。「バイト」といっても、正社員のパートタイム扱いですので、しっかりと社員教育も受けました。在庫管理の倉庫や本社の見学、万が一の災害のための避難訓練や救助方法など、さすがにはじめて聞く単語ばかりでした。帰宅後、メモをとったノートと辞書のにらめっこをしながら、大学では学ばない単語に頭を抱えていたのは覚えています。

英語力の無さを実感

また、学生ビザでしたので労働時間に制限がありました。しかし、会社勤務とは違い、お店は週7日開店しています。最終的には、週5勤務の店長の代わりに、週末はお店の責任者としてまで昇格しました。高級下着を販売しておりましたので、お客様も上品な方が多く、そこまで大きなトラブルはありませんでした。しかし、中には困ったお客様もいらっしゃって、私の英語力での対応に限界を感じたことも多々あります。

また、若い日本人が責任者ということもあり、少し見下された感もありましたが、私の英語力のなさが、逆に力になったこともあります。クレーム内容は理解しているし、返品規定も説明したつもりです。しかし、納得してもらえなかったのです。ですが、これ以上なんと言っていいのかどう説明したら分かってもらえるのか、日本語だったら感情的に言い返していたかもしれません。ですが、その困り顔と沈黙はプレッシャーになったのでしょう。非常識なクレームを感情的に叫んでいたお客様は、少し冷静になられて、やっと理解してもらい、難なくお帰りいただけました。

日本人のおもてなしは最大の武器!

お店は3人体制でしたし、もちろんインド人の店員もいました。インド人は、お客様は友人のように応対するので、クレームになった際、少し口げんか気味になります。日本人とは違う感性のようで、販売員という立場でもカスタマーサービスという精神はあまり持たない人が多いのです。高校生時代、日本ではコンビニやレストランでのバイトをしていましたが、こんなところで日本のカスタマーサービス精神が役に立つとは思っていませんでした。

そうして、結果を出せば出すだけ認められ、大学の勉強と副店長の仕事と両立しながら、晴れて大学卒業となりました。
インドの大学卒業後、ビザが!しかたなく、一旦帰国。当初の夢は「日本で」キャリアウーマンということでしたので、迷った私は一旦日本へ帰国することにしました。

日本での就職は、思い描いていたキャリアウーマンというものとは程遠かったのです。英語は1ヶ月に1、2回使用すればいいほうで、やはりほとんどの仕事は日本語です。残業やノルマ、今考えればブラック企業だったのかもしれません。朝早くから出勤して、最終電車で家に帰宅。だから、朝寝坊してタクシーで出社。そんな生活をしていたら、なんのための留学だったのかと選択を間違ったような気にもなっていました。転職をしようか、それともここで諦めたら負けなのか、もう少し続けるべきか、そんな迷いを抱えているときに、プロポーズをされたのです。

夢に描いていたインドでのキャリアウーマン!

大学時代から付き合っていたインド人の彼とは、2年間遠距離恋愛でした。少し結婚には速いような気もありましたが、どちらかというとまたインドで働ける、という気持ちのほうが強かったかも知れません。婚約ビザという面倒な手続きも、残業続きのなか、いそいそと準備をして、晴れて再入国することになりました。
婚約ビザでも労働の許可があったので、早速仕事探しをしたのです。希望に満ちたインドでの就職活動が始まりました。手当たり次第、履歴書を送り、初めに面接をして内定をもらった日系の旅行会社で就職を決めました。